飲みかた(前編)

西麻布Bar Orange・メーカーズマークの水割り

まず私の個人的な思い出からお話します。ようやく、お酒を飲んで良い年齢になったかならずか…という若い時分、あるバーへ連れられて行きました。もちろんバーテンダーになる前、ただしバーへの憧れだけは持っていた、バー初体験の昔のことです。

カウンターに座り、そして注文です。ところが、メニューを見ても並ぶボトルを眺めても当然チンプンカンプンです。まずなにより、何をどう頼んでいいかも判らない。

と、目の前にかろうじて聞き覚えのあるワイルドターキーというボトルを認め、ホッと救われた気分で「ワイルドターキー12年を下さい」と傍のバーテンダーに注文しました。彼は「ワイルドターキー12年を?」と語尾をあげて聞き返します。私はただ「はい」と答えます。彼は何やら困ったような、曖昧な顔をしながら前を離れていきました。

ほどなく、私以外の仲間の前には飲みものが揃いました。しかし、いつまで待っても私の前にはワイルドターキーがあらわれません。一抹の不安を覚えたころ、追い打ちをかける衝撃のひとことが、くだんのバーテンダーから発せられました。「ところで決まりましたか?

今回の用語の解説ですが、実はあまり的確な用語が見つからず、仕方なく「飲みかた」と名付けて解説を始めていきます。というのも、上記のエピソード中、バーテンダーは「飲みかた」を尋ねています。「ワイルドターキー12年を?」の後に続くであろう「どうします?」を省いて。

しかし、この「どうします?」もクセものですね。ただでさえ緊張しているところに「どうしますか?」と聞き返されても「どうしますって、そんなの、飲むに決まってるじゃないですか!」と言い返したくもなるし「飲みかたは?」も同様です。バーの初心者に「ワイルドターキーの飲みかたは?」と聞かれて、はて、逆立ちしながら飲む「飲みかた」があるのか、はたまた、耳の穴から飲む「飲みかた」でもあったっけと、ココロの中で半ばヤケになること間違いなしだからです。ラーメン屋でラーメンを注文してラーメンが出てくるのと同じつもりで、酒場で酒を注文して酒が出てこないことに、非常にショックを覚えた出来事でした。

どう転んでも若造だったワタクシですが、それにしても不親切でぶっきらぼうな、くだんのバーテンダーの聞き方に非があるのは確かでしょう。それはそれとして、日本語というコトバが難しいのも一因かも知れませんし、バーでの注文に、多少の流れや決まり事(レディーファースト等の、マナーに関する決まり事はまた別の機会に譲ります)があるのもまた確かです。

ある程度、バーに通い慣れたかたにとっては「なんだ、そんな事」とお思いかも知れませんね。でも、足し算を知らない子供が初めて「1たす1」を学ぶが如くです。それに毎回、深く考える事なく「水割り」になっていませんか。「1たす1たす1たす1たす1」も勿論間違いではありませんが、足し算だけでなく「1かける5」という、他にも方法(選択肢)もあるわけです。

なんの事はない、ほんの少しの経験で判ってくるものですが、これからバーへ行ってみようというかたや、赤っ恥をかかされてトラウマになっているかた、さらにはむしろ、いつもなんとなく水割りでいいや、というかた(水割りが悪いという意味に非ず)の為に、このあと中編以降で具体的に話を進めていきます。前述の例えで言えば、足し算のほかに掛け算や代数を学んで知り、選択肢を増やす事は、お酒の世界やバーで過ごす時間をもっと楽しくするためのアプローチでもあります。

(中編へ続きます。)

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