【 イアーゴ レシピ 】
- グラッパ
- 4/5
- チンザノ・ドライ
- 1/5
- オレンジビター
- 1dash
- 上記をステアしてカクテルグラスに注ぐ。
ブラックオリーヴを飾り、ハンカチを添える。
この「イアーゴ」カクテルは、クラシック音楽誌「モーストリー・クラシック(産經新聞社)」からの依頼で制作したものです。
市川森一氏の「カクテル・シアター」という連載があり、氏が、あるオペラ作品を選んで文章を執筆、そして、そのオペラに沿ったカクテルをこちらが創作、というページです。私が担当した回はヴェルディの「オテロ」でした。
ところで、カクテルを新しく考案する場合、なにかしらの条件やテーマが課せられているほうが、まったくの無から創るよりやりやすいのは、世の多くのバーテンダーが頷かれるところだと思います。
と言うのも、今の時代、幸か不幸か、お酒やフルーツの組み合わせには不自由しないほど揃いますから。
まぁ、普段の営業中でも「お客様の誕生日」といったテーマがある場合が多く、それほどのテーマでなくとも「ジンベースで甘い」等のご希望を、うまく引き出してお創りします(これでもまだかなり漠然としてますが)。
まるっきりゼロからというのもかえって少ないですが、それでもやはり多少困るのが「おまかせしますので何かお勧めを」。強〜いもの出しちゃっていいのかな、とか、1杯5万円のカクテル創っちゃうぞ、なんて思ったりして。思うだけですが。
閑話休題、今テーマである「オテロ」。作品全体をイメージして創るのもいいのですが、もっと絞って、登場人物にスポットをあてることにし、それも、勇猛で実直(そして一応、主人公)な将軍オテロより、狡猾で腹黒いイアーゴのほうが創りやすそうです。いや、なにもラクをしようというのではなく「創ってみたい」と思わせる魅力や、なにより、悪とか毒といった要素に、カクテル制作の意欲が掻き立てられるというものです。
後日「オテロはイアーゴで愉しむ芝居」「悪魔的なキャラ」といった市川氏の文面を読むに至って、あながち間違いではなかったと感じたものです。
さて、具体的に考える段になって、今回の場合は(原作者である)シェイクスピアより、やはりヴェルディに敬意を表することにして(音楽雑誌ですし)、ここはイタリアのお酒をカクテルの骨格に据えたいところです。
個性的な味わいや風味を持つイタリアのブランデー「グラッパ」に、同じくイタリアン・ヴェルモットの代表「チンザノ」。ほぼ無色透明の液体で清廉さを装いつつ、腹黒い企てを、グラスに沈んだブラックオリーヴで表現しました。
これでお分かりの通り、カクテルの王様・マティーニをヒントにしたもので、強烈で切れ味鋭い仕上がりになったと思います。そしてひとつ、アクセントというか「お遊び」要素を加えたのが「ハンカチを添える」です。
西麻布バーオレンジでマティーニを差し上げる時には、召し上がったあとのオリーヴの種(このときは普通のグリーンオリーヴですが)を包むための紙ナプキンを添えます。今回のハンカチはその代わりです。オテロの物語をご存じのかたはお分かりでしょう。イアーゴが、将軍オテロを罠に嵌めるための用意周到な小道具として用いたのが、オテロの奥方のハンカチというのがその所以です。
「イアーゴ」掲載誌 モーストリー・クラシック 2006年 7月号