「良い旅を」

村上龍著「半島を出よ」(幻冬舎)が放つ全体的な印象は、とにかくパワフルでかつ骨太で個性的なラガヴーリンアードベッグタリスカーのようで、飲みやすさのなかにも通好みな顔がみえるクリネリーシュをも思わせ、強烈なパンチを繰り出すバーボンのブッカーズ、かと思うと、華やかで女性的な香り漂うリンクウッドモートラックをひと口含めば、じつは樽出し度数そのままの力強さの一面をのぞかせ、一方、スコッチやバーボンのような突出した個性とは違い、中庸なバランスの良さと万人向けを売りに、それを前面に押し出す日本のウィスキーあり、ところどころにテキーラウォッカあり、その合間にポカリスエット、缶コーラ、ジャワティ、そしてカロリーメイトあり。

半島を出よ

時おり、なんとなく懐かしさを感じるのは、数十年前のウィスキーの旧ボトルを偶然手にして飲んだときの古き良き美味しさ。

圧倒的な分量のページ数を見て感じるのは、ズラリと棚に並んだボトルを目の前にして途方に暮れ、じゃあ取り敢えず片っ端から飲んでみようとする無謀さに似て、けれども、だんだんページ数が残り少なくなるにつれて、勿体ないような寂しいような、よし、一巡すればまた最初に戻って飲もう!…と考える。

クライマックスの近く、涙を浮かべそうになるのは、目に滲みるアルコールか、はたまた公園の芝生の上で食べる麻婆豆腐弁当の辛さのせいか。……

我が家では、本棚に余分が少ないという理由で「ハードカバー本の購入禁止令」が施行中で、それでも思ったのは「しまった、買っておけばよかった」。つい先頃、文庫本の上下巻が出て読んだばかりです。大変興味深いです。面白かったです。久々です。「良い旅を」

オレンジ便り 2007年 8月配信分


追記:07年8月後半に送信したメールマガジン「オレンジ便り」からの抜き書き文です。
これまで、このページのコラムは数年前の文章を掘り起こして掲載してきましたが、それからすると今回は異例の早さです。

というのは「半島を出よ」の舞台設定は2011年前後ですが、日本の足許では不安定な経済状態に揺れ、日本の頭越しには「米」と「朝」その他が行き交う現在の状況のもと、今がまさにこの著書の「旬」だと思えたからほかありません。

読了直後の興奮冷めやらぬ気持ちそのままを文章にして、さらにそのままの勢いでウェブにも掲載した次第です。

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